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加賀国 大聖寺城跡


大聖寺城は大聖寺川や江沼盆地を通る街道を見下ろす、標高65mの錦城山に築城されました。
鎌倉時代の在地領主の狩野氏が築いたとされていますが、正確な築城年代は不明です。

16世紀後半加賀一向一揆の拠点となり、越前朝倉氏と激戦が繰り広げられました。
その後、織田信長が江沼郡・能美郡を占領すると、大聖寺城は支配拠点として整備されます。
1583年賤ヶ岳の戦いで、羽柴秀吉が柴田勝家に勝利すると、溝口秀勝が入城し大改修を行いました。
現在残る大聖寺城縄張りは、この頃に原形が造られたとされます。
1598年溝口秀勝は越後新発田へ移され、代わって小早川秀秋の付家老山口宗永が入城しました。
1600年関ヶ原会戦の前哨戦として西軍に与した山口宗永は、前田利長の軍勢に攻められ
大聖寺城で戦死し、大聖寺城は落城しました。
1615年一国一城令により廃城となりました。
1639年2代加賀藩主前田利常の三男、前田利治が7万石で大聖寺藩を立藩し
山麓に大聖寺陣屋を築きました。
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曲輪・虎口・土塁などは、改変も少なく今に残されていて、とても楽しく散策出来ました。

溝口秀勝
1548年溝口勝政の長男として尾張国西溝口村で生まれる
丹羽長秀に仕える
1581年織田信長の直臣として若狭国高浜城5000石を与えられる
1582年羽柴秀吉に属し丹羽長秀の与力として加賀国大聖寺城4万4000石を与えられる
1586年越後国新発田城6万石を与えられる
1600年関ヶ原の戦いにて東軍に属し所領を安堵され、新発田藩初代藩主となる
1610年死去 享年63歳

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