若狭国 国吉城跡


本丸虎口跡

国吉城は、1556年若狭国守護大名武田氏家臣
粟屋勝久が、越前との国境に近い三方郡佐柿にあった
古城跡を利用して築きました。
1563年、越前朝倉氏の軍勢が攻め寄せましたが
見事撃退し、以降毎年侵攻する朝倉勢と戦い
城を守り通しました。
1570年勝久は、織田信長の軍勢を迎え入れ
織田軍は、ここ国吉城から越前攻めに向かいました。
1573年勝久は、織田勢に加わり一乗谷に出陣
朝倉氏は滅亡しました。
1583年豊臣秀吉の家臣木村定光が城主となり
城の改修と佐柿を城下町として整備しました。

関ヶ原の戦い後、若狭一国は京極高次が領有し
1634年小浜城主となった酒井忠勝は
若狭国東部支配の拠点として佐柿奉行所を置きました。
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本丸跡
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帯曲輪
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城主居館跡        町奉行所跡(歴史資料館)

国境の城として押さえて置きたい場所に
国吉城は在りました。
本丸からは、若狭湾や丹後街道を眼下に見下ろす事ができ
重要な山城だったことが分かります。
本丸は2か所の虎口があり
隅櫓台跡と言われる場所は少し高く
櫓台外周部は石垣であったようです。
発掘調査で石垣・土塁・堀切・曲輪等の遺構も確認され
見る事ができます。
麓には歴史資料館があり、国吉城や佐柿の歴史を
分かりやすく知ることが出来ました。
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