美濃国 関城跡


関城は1528年長井長引が築城したと伝わっています。
1565年織田信長が犬山から堂洞城に侵攻したとき
関城には斉藤家重臣の長井道利が城主で
近隣の堂洞城主岸信周、加治田城主佐藤忠能と
共同戦線を張っていたが、佐藤忠能が信長に内応した為
堂洞城は落城し、長井道利は関城から退却を余儀なくされる。
その後信長はこの刀鍛冶の町を直轄支配し
廃城となりました。

安桜山(標高150m)の山頂には南北10m東西30mの主郭
南斜面は急峻な岩壁、東西に延びる尾根に2つの曲輪
主郭の北側に複数の曲輪・竪掘を確認する事が出来ます。
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seki3.jpg seki4.jpg seki6.jpg
城祉碑もない為、登城感はまったくなく
ただただクマンバチだけが出迎えてくれました。
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