近江国 高野館跡

takano8.jpg
高野館は織田信長の八男織田信吉(母は側室お鍋方)が
1583年羽柴秀吉から、近江国神崎郡高野村や犬上郡宇尾村に2000石の所領を賜り
羽柴武蔵守と名乗って、高野村に館を構えたとされ、これが高野館と考えられています。

織田信吉は1600年関ヶ原戦いでは西軍につき、戦後改易となり
1615年京都にて死去43歳でした。

お鍋方は近江の豪族高畠源十郎の娘で
高野城主小倉実房に嫁いで二人の男子を儲けました。
夫である実房は、1559年織田信長上洛の岐路
美濃斎藤義龍の襲撃を回避する為
八風峠越えの道案内をしたといわれます。
1570年信長との内通で、六角義賢に攻められ戦死する。
実房死後信長の側室となり
信長との間に八男信吉・娘於振を儲けました。
信長死後、羽柴秀吉の庇護下に置かれ
化粧領として高野村に500石与えられ
秀吉の正室おねに仕え、1612年京都にて死去。
takano6.jpg takano7.jpg takano5.jpg
takano4.jpg takano9.jpg takano1.jpg
大きな石を使った野面積み石垣や虎口の一部が
発掘調査により残されています。
全体は埋め戻され土地改良され
高野の丘陵地は石垣におおわれていました。
takano3.jpg takano12.jpg takano2.jpg
残された石垣に大満足できました。
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ
にほんブログ村
 


スポンサーサイト
プロフィール
最新記事
最新コメント
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
work house
koubou.jpg