山城国 淀城跡

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1623年将軍徳川秀忠は、伏見城廃城にともない
松平定綱に命じて、淀城築城を行いました。
伏見城にある建築群を移す予定が
伏見城天守は、急遽二条城に移されることとなり
淀城には、徳川家康が築いた二条城天守が移されました。
天守台石垣より小さかった為
四隅に二層櫓の小天守を張り出させて置き
白壁で周囲を覆いました。
京の南を固める要として、五層五階の大天守と
石垣上には35基の櫓が構えられました。
1633年永井尚政が10万石で入城
城下町拡張と侍屋敷の造営を行いました。
永井氏2代、石川氏3代、松平(戸田)氏2代、松平(大給)氏1代
1723年稲葉正知が10.2万石で入城、稲葉氏は12代続き
幕末まで続きました。
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天守台穴蔵の入り口は、現在閉ざされています。
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都会の中、石垣や内堀の一部が残されたこの景色
実に私好みの城跡でした。
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山城国 二条城跡(徳川将軍家)


二の丸御殿と庭園
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二条城は、1603年将軍徳川家康が、京都御所の守護と
将軍上洛の際の宿泊所として、二の丸に相当する個所が築城され
1626年三代将軍徳川家光の時、本丸に本丸御殿と五層五階の
天守が構えられ完成しました。
1867年十五代将軍徳川慶喜の大政奉還により
二条城は、朝廷のものとなり、1884年には離宮となる。
二の丸御殿の破風板は、葵の家紋から十六弁菊花紋に
取りかえられました。
1939年京都市に下賜される。
1994年ユネスコの世界遺産に登録される。

二の丸御殿は、桃山時代を代表する建築と庭園から成る。
御殿建築は書院造りで、床の間、付書院、帳台構が上段の間に設けられ
狩野派絵師による、松をはじめとする植物、虎や鷲などの獣
中国の説話が主題の障壁画群が室内を飾る。
二の丸書院郡は唐門、車寄、式台、遠侍、大広間
蘇鉄の間、黒書院、白書院、清所、台所などから成る。
現在唯一の完存遺構です。
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本丸天守台と内堀  この景色が最高です。
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むかし、小学校の修学旅行でニ条城を見学し
二の丸御殿の前で記念撮影をしました。
50年後の今も、二の丸御殿は健在で良かったです。
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信長が築いた旧ニ条城の石垣が今の二条城に移設展示されていました。
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