讃岐国 高松城跡(玉藻城)


高松城は1587年讃岐一国を与えられた生駒親正が築城
生駒氏の治世は4代54年間続きましたが
1640年生駒騒動により讃岐一国を召し上げられ
出羽国矢島一万石に移される
この後1642年に常陸国下館藩主だった
松平頼重が東讃岐十二万石で入城
松平氏の治世は11代228年間続き明治を迎えました

城は瀬戸内の海水を外堀、中堀、内堀に引き込んだ水城です
三層五階の天守(松平氏時代)は明治の初頭
老朽により取り壊わされましたが
白亜総塗込めで小天守のような月見櫓、艮櫓が現存しています
現在玉藻公園として城跡は整備され
櫓、堀、石垣など優美な姿を見ることができます
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出入りする船を監視する月見櫓の中も見学できました
現在そこからは瀬戸海のフェリー乗り場を見渡す事ができ
讃岐の玄関口である事がよくわかります
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阿波国 徳島城跡


蜂須賀家正公
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山麓の表御殿跡 堀・石垣

1585年豊臣秀吉の四国征伐に勲攻のあった蜂須賀正勝の嫡男家正が
阿波一国18万6000石を賜り築城する
江戸時代を通して徳島藩蜂須賀氏25万石の居城となり明治を迎えました
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渭山と呼ばれる標高62mの山上に徳島城本丸跡があります
本来本丸に天守を構えるのですが渭山中腹の東二の丸に
大入母屋を初層に構えた三層造りの天守が建っていたそうです
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山上の本丸跡はただ広くて何も残されていない為
面白味がなかったが麓の遺構は近世城郭の
卓越した姿を感じとれました
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淡路国 洲本城跡(三熊城)



洲本城は三熊山の山城と麓に構えられた居館から成ります
1526年安宅水軍を率いる安宅治興が築城
安宅氏は阿波国の三好氏と密接な関係を築き
洲本城と由良城に水軍基地を構えていました
1581年織田信長に洲本城を開城
翌年羽柴秀吉は仙石秀久を城主に
1585年脇坂安治が3万石で入城し山城が整備されました
麓の平城である洲本城が本格的城郭として完成するのは
1615年阿波国徳島藩主蜂須賀至鎮が淡路一国を加封され
1631年淡路国支配の本拠を由良城から洲本城に移した後
山城を廃城し平城が整備され中心となりました

山城
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平城
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山城の本丸をはじめとする各曲輪の石垣
実に見応えがあります
小さな模擬天守もありましたが
景観を損なえることなく櫓も復元されていないので
古城観たっぷりで楽しむことができました

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