美濃国 今尾城跡(今尾陣屋跡)

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今尾陣屋の移築門現在西願寺山門として使われています
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今尾城は文明年間(1469年~1486年)に中島重長が築城し
4代にわたって支配したが織田信長に攻められ滅びました
その後高木氏、森寺氏、戸倉氏と城主が替わり
1584年小牧長久手の戦いの恩賞で吉村氏吉が城主に
1587年市橋長勝が一万石を領し城主となり
1600年関ヶ原の戦いの功で一万石加増される
1608年伯耆国矢橋藩に転封となり今尾城は廃城となる
1619年この地は尾張徳川家の所領となり
尾張藩の付家老竹腰正信が三万石を領して
今尾城址に今尾陣屋を築きました
陪臣のため今尾藩は正式な藩ではなかったが
明治元年立藩が認められ一万石を尾張藩に返還して二万石の藩となる
明治四年廃藩となりました
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城跡は今尾小学校になっていますが堀跡や土塁跡の一部を見る事ができ
今尾城を想像することができ楽しい一日でした
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美濃国 八神城跡


八神城は毛利氏の居城で築城時期ははっきりしません
毛利氏は河内源氏の末裔で鎌倉時代より尾張国長岡庄石田郷の下司職でした
戦国時代毛利広雅は土岐氏、斎藤氏に仕えたが
1563年織田信長に味方し斉藤竜興と戦って戦死、毛利広盛が跡を継ぎます
信長没後秀吉に仕え3000石余りを与えられました
1600年関ヶ原の戦いでは西軍に属したが福島正則の誘いで降り所領減賦2000石となる
江戸時代に入り尾張徳川家の所領拡大にともない毛利氏も尾張藩所属となり
八神城は毛利氏在所屋敷として明治まで存続しました
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戦国時代からこの地を治めた毛利氏は現在でも末裔の方が住んで見えるとの事です
どう見ても民家敷地であった為、土塁が残っているとの事ですが遠方からの
写真撮影となってしまいました
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