尾張国 名古屋城


16世紀の前半駿河今川氏の前線基地となっていた那古野城を
織田信秀が奪いとって2歳の信長に与えた城です
信長が清州城小牧山城と居城して行くと
那古野城は存在価値がなくなり廃城となりました

名古屋城は1609年徳川家康が清州城主九男義直に
東海道の押さえとして
天下普請によって築城させました
西国20大名家の財力を消耗させ
大坂方への交通の要を押さえ
かつ広大な構えで徳川の実力を天下に示しました
nagoya2.jpg nagoya3.jpg
本丸・二の丸南側は空堀で
背後は広大な水堀で背後から攻められる危険性はない為
敵を正面に集中させる事のできる縄張りになっています

大天守・小天守・本丸御殿は明治の解体は逃れたが
昭和20年の空襲で焼失 誠に残念
御三家尾張徳川家の巨城
天守は復元だが櫓・石垣・堀等見応えのある城跡であります
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美濃国 鶴ケ城跡


鶴ヶ城の築城は鎌倉時代美濃国守護に任ぜられた
土岐光衛とされるが定かではありません
守護所は変わっていくのですが土岐氏の城として存続しました

戦国期、織田信長は武田勢の美濃侵攻に対し河尻秀隆を入れて
城を改築させたとされます

関ヶ原の戦い時は岩村城の田丸直昌の支城であった為
東軍方妻木城の妻木頼忠らに包囲され落城
廃城となりました

遺構は山頂に千畳敷きと呼ばれる主郭
その下に御殿と呼ばれる曲輪
それから伸びる二つの尾根に東出丸、西出丸と呼ばれる細長い曲輪
谷筋は大手道が通じています
他には葵の井戸と呼ばれる井戸跡、土塁などが確認できます
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turuga5.jpg turuga8.jpg turuga4.jpg
城跡は中央自動車道によって羽をもぎとられ
曲輪は竹が折れ曲がり
土岐氏発祥の地の城としては
さみしさを感じるばかりでありました
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