美濃国 十七条城跡

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十七条城は南北朝時代、土岐(船木)頼胤が築いた城です
城主は数代かわり
1530年頃より林正長・正三の居城となりました
正三の子市助は成人すると曽根城主、稲葉重道(稲葉一鉄の子)の養子となり
稲葉正成と改性し十七条城で2万石を領しました
この正成の妻が後の春日局である
稲葉正成の三男正勝は老中となり小田原城主となり、正勝の弟正定が尾張徳川家に仕え
十七条城を領したが孫の代で後継ぎがない為家は断絶しその采地は尾張藩に組み入れられ
十七条城は廃城となりました。

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城跡片隅には現在熊野神社がたっています
それと堀跡の名残を見つける事ができます
城跡横を中仙道が通っていてむかしを感じる事もできました
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伊勢国 桑名城跡


この地は1186年桑名三郎行綱、1448年には江の奥城と称して大田家興が、1542年には
伊藤武佐衛門実房・矢部右馬允主築・樋口内蔵介親氏がそれぞれ築城したという。
1574年織田信長が伊勢平定、滝川一益の所領となる
その後1587年一柳直盛が入り伊勢神戸城の天守建築が移築され近代城郭としての
桑名城が体裁を整えられた。この後氏家行永が2万5千石で入城した。
関ヶ原合戦後本田忠勝が10万石の太守として入城し10年の歳月をかけて
城郭を大改修した
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1617年松平定勝が入封、1635年定綱の代に城郭は再び大改築、四層六階の大天守と
三層の小天守をあげられた。櫓数は城内で41基をかぞえた
その後奥平松平氏、久松松平氏が再び入城し明治を迎えた。
明治に入り取壊しによりことごとく解体されました。
当時の面影のまま残存するのは、三の丸水堀の石垣だけでした
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