小牧山城

小牧山 
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織田信長は尾張統一後清州から小牧山に拠点を移しました
本格的に自分の居城を造ったのはこの小牧山城が初めてでした
巨石を使った石垣、空堀、多数の曲輪があり
遺構の整備復元もあまりされてないので城跡を自分で発見するには
ちょうどよい城跡でした

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美濃金山城  森家の足跡


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1565年織田信長は美濃経略の拠点として森可成を封じ金山城主七万五千石とした。
以来森可成・長可・忠政父子三代の居城として戦国波乱の歴史を彩った。
可成は1570年9月近江、宇佐山で浅井・朝倉軍と戦い討死(47歳)
翌年4月長男可隆も朝倉攻めに初陣、敦賀、手筒山城で討死している(19歳)
1582年6月本能寺の変で、可成三男、蘭丸長定(岩村城主五万石)(18歳)
四男、坊丸長隆(17歳)五男、力丸長氏(16歳)の3兄弟は信長(49歳)とともに討死した。
二代城主二男、長可はことのほか武勇にすぐれ、岩村城主五万石も兼ね、信州海津城主でもあった。
伊勢長島一向一揆征伐・武田征伐等偉功をたてた.1584年4月長久手の合戦において討死(27歳)
僅々15年ほどの間に6人もの悲報に接した
三代城主六男、忠政は長可の跡目を継ぎ15歳で七万石を領し豊臣秀吉に仕え、九州・小田原等に転戦 智略の将と
重んぜられた。
1600年徳川家康の命により信州海津城(十三万七千五百石)に移封 金山村及び金山城は犬山城主 石川光吉の
領有となる。天守・諸櫓等一切をとりこわし犬山城郭の増築・修復に使われたという
忠政は1603年美作国十八万六千五百に国替えとなり以後13年かけて津山城を完成させた

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金山城下森家菩提寺です

金山城
この城山は桜が咲き乱れていました


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飛騨国 増島城跡


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飛騨市古川町にこのような石垣がありました

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墨俣一夜城跡

墨俣一夜城跡
豊臣秀吉出世物語の城 
織田信長の美濃国稲葉山城(岐阜城)攻略のために、秀吉が敵前築城を敢行し築城した。今あるような城ではなく陣地でした。
現在は花見見物で賑わっています 
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城跡北側に豊国神社があります

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