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尾張国 岩崎城

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岩崎城は1528年ごろ織田信秀により築城されました。
1538年丹羽氏清が、本郷城から移り
以後氏織・氏勝・氏次と4代に渡って居城しました。

1584年小牧長久手の戦いの際
両軍膠着状態を打ち破るため秀吉方の
池田恒興が『三河中入り』作戦を実行した。
岩崎城の留守居役で城主の弟氏重が
その作戦を阻止しようと戦いを挑んだ。
その結果、氏重他300名全員が討ち死にし、
岩崎城は落城しましたが『三河中入り』作戦を阻止でき
家康からその功績を大いに認められました。

1600年関ケ原の戦いの戦功により
三河伊保一万石の大名となり
その後、岩崎城は廃城となりました。
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本丸・二の丸・東西曲輪及びそれらを取り囲む
空堀や土塁が今に残されています。
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飛騨国 高山陣屋


金森氏による百余年、六代続いた高山藩政に終わりを告げ
1692年徳川幕府は、飛騨国を幕府直轄領としました。
高山藩主金森氏の下屋敷を改造し、陣屋としました。
明治維新に至るまでの177年間、25代の代官・郡代が
江戸から派遣され、行政・財務・警察などの政務をおこないました。

米蔵は高山城から移築され、創建400年余と歴史ある建物です。
加えて、十万石格の格式高い玄関なども今に残されています。

「飛騨高山まちの博物館」は無料で、いくつかの蔵を繋げていて
大変広く、展示物も多く、おすすめです。
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信濃国 高遠城跡

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高遠城は南北朝の頃より諏訪氏の支族である高遠氏が居城していましたが
戦国時代になると甲斐の武田信玄が支配するようになった。
1547年信濃統一をめざす信玄は山本勘介に命じ、伊奈谷侵攻の拠点として
高遠城を拡張させた。
城は三峰川と藤沢川に挟まれた丘陵上の端に
本丸・二の丸・南曲輪などの曲輪を、深い空堀と土塁で囲んだ堅固な城でした。

1582年高遠城の戦
織田軍は5万の軍勢で高遠城に攻め入った。
高遠城は3千人の兵力で城に籠って防戦するも
圧倒的な織田信忠の大軍のまえに落城した。
城主仁科盛信(信玄の五男)は壮絶な戦いの末討ち死にとなった。

高遠の戦いは兵力の差には勝てなかったが
織田方に寝返る武将が相次いでいる中
仁科盛信は最後まで徹底抗戦を貫いた勇ましい武将であった。

高遠城の深い空堀には、戦いの為の城作りがなされていたと感嘆しました。

江戸時代の高遠城は高遠藩の政庁として使われ
保科氏、鳥居氏、内藤氏が入城しました。
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江戸時代中期、大奥御年寄絵島が絵島生島事件で高遠藩へ流され
絵島が幽閉された建物が復元され絵島囲み屋敷として公開されています。
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信濃国 殿島城跡

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殿島城は、1532年伊奈春日城主、春日重親の弟重国が
元々の殿島氏居城跡に、名跡を継承して築城したとされます。

武田信玄の伊奈侵攻により、仕方なく武田方に服属されます。
1556年殿島重国を含む伊奈衆は、信玄に反旗を翻えし
抵抗しますが、鎮圧され処刑されました。

城は方形の二つの曲輪を二重堀でそれぞれ区画し
さらに外堀を配置する平山城でした。

小さな城跡と思って登城しましたら
広い本曲輪と高い土塁に迎えられ
大変驚かされました。
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伊勢国 北畠氏館跡庭園

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本庭園は、北畠神社神苑の一部となっており
往昔の国司居館の庭園遺跡です。

作庭者は幕府管領 細川高国と伝えられています。
高国の娘は、伊勢の国司 七代北畠晴具夫人になっていて
室町末期、将軍家の世継ぎ争いで
援軍を頼む為に、婿である晴具の館を訪ねた折
作った庭園といわれています。

総面積850坪の武家書院庭園で、池泉鑑賞様式となっています。
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伊勢神宮からナビの示す通りに車を走らせましたが
対向車とすれちがうのに、危険を伴う道幅の狭い山道でした。

国司の館跡は、険し過ぎる山中にありました。
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